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映画「ノルウェイの森」を見てきたけど…

 結論からするとがっかりした。
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 ハンブルグ空港に着陸直前の「僕」がビートルズの「ノルウェイの森」を聴いたことで直子の思い出がよみがえり、18年前へと記憶が遡る所から始まる。主人公ワタナベは当時37歳でだった。今年12月に上映されること知りつつ9月にドイツハンブルクに足を運んだ。ハンブルクへのアプローチは鉄道だったが、到着する直前にウォークマンでビートルズの「ノルウェイの森」をかけてみたりしてた。

  映画と原作を比べてはいけないが、全部が全部がっかりしたわけでもなく勿論いいところもあって、ダメなところもあったのでそれを分析して見る。

 小説ではこの物語は過去の回想という形を取っており、それは死んでしまった直子を探しに出る旅である。この物語の面白いところは回想の中の直子と現在の「僕」が 理解している直子の2つの人物が描かれていることで、この2つの像が統合されて初めて直子という人物を立体的に理解することができるようになっている点である。期待する冒頭のシーンは37歳のワタナベがルフトハンザ機がハンブルク空港に着陸するところだったが、映画ではここは省略され1968年のキズキと直子が一緒に遊んでいたころから始まる。このような描写だと残念ながら、「直子に関する記憶が僕の中で薄らいでいけば行くほど、僕はより深く彼女を理解することができるようになったと思う」と回想に含まれる要素がまるっきり無くなってしまう。

 欲しいのは現在の「僕」は18年前の直子も、そのときに理解できなかった直子の隠された一面(第一章で語られている回想部分に含まれる)も見渡すことができるということだ。18年前の「僕」は直子の一面しか理解することができなかったことになっている。現在のワタナベと過去のワタナベ比較する箇所がそのままカットされたのだ。これでは第一章の最後にのべられている「そう考えると僕はたまらなく哀しい。何故なら直子は僕のことを愛してさえいなかったからだ。」の謎が深まるばかりだ。またこのフレーズは予告編にも使われている。一体どうして愛していなかったのか?という疑問を持ちながら映画を見に来る人の気持ちをあおっているだけになってしまっている。

 突撃隊の登場も些細ではあるが、イメージ通りのキャスティングは素晴らしいと思う。しかし、直子とワタナベとのデートでは突撃隊の話の全部が無くなっているのはいただけない。特に突撃隊が朝ラジオ体操を行う際に跳躍の部分を省略するかしないかで、ワタナベとのやり取りが滑稽だったのにもかかわらずそこに関するシーンも省略されていた。

 映画では特に一番不可解なのはハツミさんだ。永沢さんがドイツに行ってから二年後、他の男と結婚し、その二年後手首を切って自殺したとのことがワタナベによって語られている。回想シーンがあればこれは分かりやすいものの、映画を見る限り「なぜ分かる?」という疑問が残る。

 レコード屋でのアルバイトで手を怪我した描写は映画にあるが、最終的にハツミさんのアパートで手当を受けて、永沢さんに対する思いをワタナベに語る重要なシーンまである。しかし、映画ではタクシーの中で、「2年後自殺した」との一言での描写だった。あれでは手を怪我したシーンは単純に原作に近づけたかっただけとしか思えないし、手を怪我する必要があったのだろうかと思わざるを得ない。

 ハツミさんとワタナベのタクシーで一緒なるシーンは結構充実に再現されていると思う。車窓から外へ見える車が当時のものだったし、値段も初乗り120円とおそらく当時の物価水準だろう。

 直子の自殺のシーンまるでホラー映画だ。小説ではレイコさんによって直子の自殺を間接的に語られているが、映画では一体誰の視点なのかが不明確だった。自殺してみせてやろうか。という意気込みも有って、なぜ自殺したのか?その兆候や前後の経緯もなかなか理解されにくいと思う。

 レイコさんとベッドシーンだが・・・あれじゃまるでレイコさんは単なるエロおばさんにしか思えない。シャワーを浴びるシーンも原作になかったし、なぜ映画に入れたのだろうか?直子が死んだ後のレイコさんと50曲ギターで引いて直子の葬式をするはずだったが映画ではことごとく無視されて、結果的にエロおばさんとのセックス描写になってしまった。セックスよりも、直子の葬式に重点を置いて欲しかった。そしてレイコさんが直子の洋服を貰った経緯を繊細な形で描写して欲しかった。

 ラストシーンだが、本来上野駅でレイコさんを送ってから、どこかの電話ボックスで緑に電話を掛けるはずだが、映画では明らかに自分のアパートのエントランスにある電話から掛けているのに「ここはどこだ?」というのもおかしい、単なる健忘症に思われかねない。

 最後、1960年代後半の学生運動が盛んだった様子を再現したのは素晴らしいと思う。大学の様子や授業の様子がイメージ通り出来上がっている。十分に見るに堪えるショットだと思う。ひどくややこしい恋愛だったことがあのワンシーンで出来上がっている。

■参考サイト

ノルウェイの森(映画)

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