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漢字が書けなくなる中国人・日本人

 「漢字記憶喪失」という事が流行っているみたいだ。中国人を含め、日本人ももっぱらタイピングに頼り、漢字を書かなくなっている。いやむしろ書けないのかもしれない。
 漢字というのは実に難しいものだ。その難しさは構造に由来する。漢字自体には発音記号が付与されず、もっぱら意味を伝達する。発音記号の付与がなければ、読めないけど意味が伝わるメリットがある。古代中国はあちら、こちらの方言が飛び交う中、漢字で意思疎通ができるのも漢字が意味をあらわす機能が備わっているからだ。平たく言えば、漢字=携帯電話の絵文字といっても過言ではないだろう。文字だけで相手に伝えられない事を絵文字に置き換えて相手に伝えようとする試みが漢字の源なので有る。但し、携帯電話の絵文字あくまで、文字情報の補助的な機能だ。絵文字だけで意思疎通ができるわけではない。

 最近でも、iPhone で直感的操作できる端末で漢字を書いて入力するアプリがあるようだ。参考サイトに以下の記述があった。 

 Some smartphones, including the iPhone, do offer the ability to draw a character on the touch screen.

 実感はわかないが、漢字の入力とは別に書くことを中心としてもやはり機会勝手後の綴りを勝手に表示して書く労力を減らしているように思う。

 しかし、それでも電子デバイス等を利用せず、漢字を書き続けていたいという人がいるのはなぜだろうか。特に漢字検定は上記を趣旨として活動している。

 その人にとっては、「タイプ」より「書く」という事のメリットを上回るからなのでは。

 

 電子端末を持たないでもっぱら紙とペンに頼る理由とはこれまでに見た来たように「スペースをとられない物理的メリット」「利用料や月額料金の支払い免れる金銭的メリット」「無駄な情報を貯め込むわずらわしさから解放されるメリット」ですが、もうひとつ「敢えてちょっとだけ手間をかけるメリット」だ。

 手間をかけることがメリットになる、というのは「なんでも速くて便利がいい」という一般的な価値観から大きく逸れる。

 電子メール等の便利なモノに肩代わりさせれば、あっという間に済む、取るに足らない作業。でもそれを敢えて自分の手を使ってやることによって得られる喜び、楽しさというものも、実は大きいものだと思う。
 紙一枚を用意して、電気鉛筆削りで一瞬に尖らせるより、小さなナイフで一本一本、鉛筆を削り、わからない漢字は辞書で引き、相手に伝えるメッセージを綴っていく。

 もっと、そんなものは単なる感傷かもしれないが、そんなつまらん事に大事な時間を割くのならば、もっと儲かる仕事しろっ!ということかもしれない。漢字をペンで書く暇があったら、コピー&ペーストか タイプ→プリントアウトで済ました方が断然よい。

 「速くて便利、便利でお得」それは尽きない人間の欲望だ。その欲望をどんどん増殖さえて行ったものが、現在の私たちの暮らしなんだ。

 「もう早くて便利はいいよ、もうちょっと、ゆっくりで、書く時間そのものを楽しもうよ」
電子デバイスを持たない人、持ちたくない人たちは、そう思っているのではないだろうか?

■参考サイト
http://news.cnet.com/8301-17852_3-20014834-71.html

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